テーマ:造形の失敗と素材選びの裏側についての静かな技術ノート
読了時間:約6分
手を止めて昔の造形を思い返すと、胸の奥でひっそり疼くものがある。
あの頃のボクは、素材ひとつを握りしめたまま「これだけで全部作れるはずだ」と信じ切っていた。
作業机の上には削りかすが散らばり、塗料の匂いがずっと残り続け、手にはいくつものマメ。
それでも、あの遠回りが今の作り方につながっていると思うと、不思議と静かな感謝が湧いてくる。
素材ひとつで作ろうとしていた頃
勢いだけで作り始めた初期のボクは、「とにかく一種類で全部仕上げたい」と思い込んでいた。
塩ビ板*を無理やり削り続けたり、木材を思うように曲げようとして折ってしまったり、スプレー塗料だけで表面をごまかそうとしたり。
作業が終わる頃には部屋中に粉が舞い、独特の臭いが染みつき、指先は赤く膨れていた。
それでも当時は、それが“正しい努力”だと信じて疑わなかった。
ふと目をそらしたくなる記憶だけど、造形を続けてきたボクにとって、これは確かに「失敗の根っこ」になっている。
遠回りが形にしてくれた学び
作り続けるうちに、ようやく気づく。
「頑丈=正解」ではない。
どれだけ硬くしても、どれだけ厚くしても、持ち運びにくければ撮影現場で困ってしまうし、軽さがなければポーズを取るのも一苦労。
ある作品は驚くほど長持ちして、結果的に“遠回りの成功”にもなったけれど、それはあくまで偶然だった。
塗料との出会いが変えた視点
安価で種類が豊富な塗料を見つけたとき、ボクの設計思想は大きく変わった。
「表面をどう仕上げるか」で再現度はいくらでも調整できる。
そう思えた瞬間、硬すぎる芯材に頼り続ける必要はなくなった。
大工仕事の真似ではなく、コスプレ造形らしい“軽さと工夫”を選ぶようになったのは、この頃だ。
素材の裏側を読む:ひらめきの源
悩んだときのボクは、机から立ち上がって素材に触れたり、100均を歩き回る癖がある。
旅行用のボトルをひっくり返しては「この形、使える気がする」と思ったり、EVAボード*の柔らかさに助けられたり。
ひらめきは机の上ではなく、棚の前や通路の片隅で突然落ちてくることが多い。
詰まったときほど、手で触り、質感を確かめる行動に意味が宿る。
「扱える環境」から逆算する癖
高価な道具や3Dプリンター*に手を伸ばさない理由は、単に予算だけの話ではない。
ボクは「自分が今の環境で扱える範囲」で作品を完成させたいと思っている。
限定された道具で工夫をひねり出す時間は、どこか研究ノートを書いているようで心地よい。
その縛りが、いつのまにか創作スタイルの芯になった。
設計思想は失敗から生まれる
足りない経験をごまかせない時期があったからこそ、ボクは“素材は組み合わせてこそ生きる”と知った。
硬さと柔らかさ、支える部分と飾る部分、芯材と表面材。
その混ざり方がうまくいったとき、造形は初めて「軽くて壊れず、再現度が高いもの」に変わる。
現場を基準にした発想へ
ボクの判断基準は、今ではとても静かだ。
- コスプレ現場の規約に沿っているか
- 安全に持ち運べるか
- 撮影中に壊れないか
- 重さが身体に負担をかけないか
教科書のような正解はないけれど、失敗から生まれたこの基準は、どんな作品にも当てはまる「ボクの道」になった。
結び:失敗の先に立ち上がる造形
静かに目を閉じてみると、あの頃の自分が見えてくる。
粉だらけの机の前で、息を詰めながら塩ビ板を削っていたボク。
その遠回りのおかげで、今の作り方は確かに形になった。
造形における失敗は、決して恥ではない。
むしろ「自分だけの道」をつくるための通過点なのだと、今ならゆっくり言える。
次の章では、ボクがどんな思想で造形を設計しているか、その背景をさらに深く掘り下げていく。
ページを閉じる前に、あなた自身の“遠回りの経験”もそっと思い出してみてほしい。
用語と参考リンク
- 塩ビ板*:塩化ビニル樹脂を板状にしたもの。硬く、加工時に粉が出やすい
- EVAボード*:軽く柔らかく、コスプレ造形で重宝される発泡樹脂素材
- 3Dプリンター*:データから立体物を造形する装置。素材や方式により性質が異なる