テーマ:準備不足と素材ロスの話
あの10cmの後悔:布が足りなかった日
机の上に広げた布を見つめて、ボクは黙り込んだ。
あと10cm。ほんのそれだけが足りなかった。
カット位置を調整しても、どこを削っても辻褄が合わない。
仕方なく再入荷を待ったけれど、同じ生地はすでに在庫切れ。
その空白の数週間、手を動かせずにただ時間だけが過ぎていった。
準備不足という小さな判断ミスが、創作の流れを静かに止めてしまった。
ロット違いの罠:同じ生地でも違う色
再入荷を待ってようやく届いた布を広げた瞬間、違和感に気づいた。
ほんのわずかに色が違う。
照明の下では誤差に見えるが、自然光で並べると明確に境目が出る。
同じ商品名、同じメーカーでも、ロット(染色の単位)*が変わると色味が異なる。
その差は数ミリの縫い目よりも、ずっと大きな違和感として残る。
以後、ボクは「再入荷で揃う」と安易に信じることをやめた。
余白を買うという発想:安心のための20cm
それ以来、ボクは布を買うときに必ず“余白”をつけるようにしている。
20〜50cm、場合によっては1m。
一見無駄に見えるその余白が、精神的な余裕をもたらしてくれる。
「あと少し足りないかもしれない」という不安が消えるだけで、裁断の呼吸が変わる。
創作において、安心はスピードよりも大切な道具だと思う。
無駄を恐れない設計:準備も構造の一部
作業の効率を求めると、つい“正確さ”を優先してしまう。
けれど、現実の布は思うように動かない。
引き伸びる、縮む、歪む。
だからこそ、余白を「誤差」ではなく「構造の一部」として扱う。
余裕を設計の段階に組み込むと、失敗しても修正できる形が残る。
無駄は敵ではなく、設計を支える見えないクッションだ。
失敗は萎縮ではなく蓄積:次の衣装への資産
布を無駄にしたときの痛みは、簡単に忘れられない。
だが、その痛みこそが次の判断を確かにしてくれる。
どのくらいの誤差で不都合が出るか。どんな素材が扱いやすいか。
経験の中にしか残らない感覚がある。
失敗は萎縮ではなく、次の衣装の精度を上げるための投資だ。
恐れずに記録し、次に活かす。それがボクの備え方だ。
結び:創作に必要なのは“完璧”より“余裕”
完璧な計画は、美しいけれど壊れやすい。
少しの余白と修正の余地を残すことが、長く続けるための技術だと思う。
衣装づくりは「作る」よりも「備える」時間にこそ本質がある。
その余裕が、次の創作への道をやわらかく照らしてくれる。
▶ 0章:衣装づくりは観察から始まる ― 下準備がもたらす自由の構造
*注釈:ロット(lot)とは、同じ条件で染められた生地の単位。生産ごとに微妙な色差が生じる。
参考リンク:日本規格協会(JSA)