読了目安:4〜6分/テーマ:制作に踏み切った背景
はじめに
黒いジャケットを初めて手に取ったとき、ボクは妙な違和感を覚えた。開拓世界で自分さえチップにして運命を開拓するギャンブラーがまとっていたあの衣装の空気が、何か一つ欠けているように感じた。それは色の深さなのか、線の鋭さなのか、あるいは揺れ方の品なのか。その正体はまだ分からなかったけれど、既製品の軽さと比べるほどに、胸の奥で“これではない”という感覚だけが強くなっていった。
今回は、その違和感がどのようにボクを制作へ向かわせたのか、静かに辿っていく。
出会いの瞬間に宿っていた違和感
「黒」のはずなのに、何かが薄い
最初に触れた既製品は、形こそ似ていたけれど、黒の深さが足りなかった。光の吸い方が違う。生地を折ると硬さだけが際立ち、揺れはどこにもなかった。ボクが覚えている彼の黒は、もっと沈んでいて、もっと滲むように光るはずだった。
布をめくった瞬間、その差がはっきりしてしまった。「これでは、彼が歩くときのあの軽やかさが生まれない」と思った。
形だけでは埋められない差
平面的な黒に宿らない“重み”
既製品のジャケットは、見た目こそ整っているものの、どこか表面的に感じた。縫い目はきれいだったけれど、柄の奥行きがなく、線も一本の厚みとしてしか存在していなかった。ボクが記憶している装飾は、もっと立体的で、角度によって陰影が変わるような質感だった。
形を似せてあるだけでは、本当に再現することにはならない。その実感が、じわじわと胸に広がった。
「作らない」ほうが難しくなる瞬間
理想が頭の中に立ち上がり始めた
既製品を比べる時間が増えるほど、ボクの頭の中に“理想の黒”が浮かび始めた。裾が風に触れたときのヒラみ、歩いたときに生まれる静かな揺れ、そして背中を彩る金のラインのわずかな反射。それら全部が既製品の中には見当たらなかった。
いつしか、既製品を見るたびに「この部分だけは自分で作ればいいのに」と思うようになっていた。初めは小さな衝動だったけれど、そこで止められなかったことが運命だったのだろう。
気づけば、買う選択肢のほうがよほど不自然になっていた。“自分で作るほうが自然”だと、体のどこかが知っていた。
踏み切った理由
差を埋めたいだけでは足りなかった
最終的な決め手は、差を埋めるためではなかった。“彼がまとう黒を、自分の手で作れるかもしれない”という、どこか根拠のない確信だった。
既製品を手放したあの日、ボクの中でひとつの静かな決意が生まれた。「この一着は、ボクが作る」。ただそれだけの言葉で、すべてが動き始めた。
おわりに
制作はまだ始まったばかりだったけれど、既製品との差を見極めたことで、進むべき道は自然と決まっていった。次章では、作り始めるうえで最初に向き合った“観察”について、もう少し深く掘り下げていく。
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Notes
- * 生地名・衣装要素は一般的な布素材の説明を前提とした注釈。